会社経営者が知っておくべき「役員退職金」を利用した節税対策
はじめに
会社経営者にとって、役員退職金は「長年の功績への報酬」であると同時に、「大きな節税効果を生み出せる重要な手段」です。
一方で、税務上は厳格なルールがあり、金額や手続を誤ると一部が損金として認められず、想定以上の法人税負担につながるおそれがあります。
本記事では、国税庁などの公的情報をもとに、役員退職金の基本、適正額の考え方、退職所得の税制優遇、実務上の注意点を中小企業経営者向けにわかりやすく解説します。
役員退職金とは何か
役員退職金とは、取締役や代表取締役などの役員が退任・退職するときに支給される退職給与のことをいいます。
法人税法上は「役員退職給与」と呼ばれ、原則として適正な額であれば法人の損金(経費)に算入できるとされています。
役員退職金が経営者にとって重要な理由は、次の点にあります。
- 法人側では、支給時に原則全額を損金算入できるため、当期の法人税負担を大きく減らせる。
- 個人側では「退職所得」として分離課税され、退職所得控除や「1/2課税」の仕組みにより、通常の給与より大幅に税負担が軽くなる。
損金算入されるための基本ルール
役員退職金が損金として認められるためには、「支給事実」「退職の事実」「金額の適正さ」など、いくつかの要件を満たす必要があります。
国税庁の法人税基本通達では、役員退職給与について、原則として退職した役員に対して支給されるものであり、その額が株主総会の決議等により具体的に確定した事業年度の損金に算入すると定めています。
- 実際に退職(事実上の退任を含む)していること。
- 株主総会や社員総会等で、退職金の支給額が決議・承認されていること。
- 金額が「不相当に高額」でないこと(後述の功績倍率法などを参考に判断)。
このうち「損金算入時期」について、国税庁は「原則として、退職金の額が株主総会の決議等で具体的に確定した日の属する事業年度」としていますが、実際の支給事業年度に損金経理した場合にはその事業年度とすることも認めています。
適正額の目安と「功績倍率法」
役員退職金の金額について、税法上の厳密な上限額は定められていませんが、「不相当に高額な部分」は損金不算入とされる可能性があります。
そこで実務上は、「功績倍率法」と呼ばれる算式を用いて適正額の目安を判断するのが一般的です。
- 役員退職金 = 最終月額報酬 × 勤続年数 × 功績倍率
功績倍率は、役職・貢献度・会社規模・同業他社の水準などを参考に設定されますが、一般的には以下のようなイメージで用いられることが多いとされています。
- 取締役クラス:1.0~2.0倍程度
- 代表取締役・創業者:2.0~3.0倍程度(3.0倍を超えると税務上慎重な検討が必要とされる傾向)
たとえば、最終月額報酬が50万円、勤続年数20年の代表取締役に対し、功績倍率2.5を用いた場合の目安は次のようになります。
- 50万円 × 20年 × 2.5 = 2,500万円
この金額が必ず適正と認められるわけではありませんが、同業類似法人の水準や、会社の利益・財務状況を踏まえて検討する出発点として利用されます。
退職金に対する個人側の税制優遇
役員退職金を受け取る経営者個人にとっての大きなメリットは、「退職所得」に対する優遇税制です。
- 退職所得 = (退職金 − 退職所得控除額) × 1/2
退職所得控除額は、勤続年数に応じて以下のように計算されます。
- 勤続年数20年以下:40万円 × 勤続年数(最低80万円)
- 勤続年数20年超:800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)
たとえば、勤続年数25年の役員が退職金7,000万円を受け取るケースでは、退職所得控除額は次のようになります。
- 退職所得控除額 = 800万円 + 70万円 ×(25年 − 20年)= 1,150万円
- 課税退職所得金額 =(7,000万円 − 1,150万円)× 1/2 = 2,925万円
同じ金額を通常の給与として受け取る場合と比べて、控除額が大きく、かつ「1/2課税」となるため、所得税・住民税の負担は大幅に抑えられることがわかります。
なお、役員としての勤続年数が5年以下の特定役員等に対する退職金については、一部について退職所得控除額の計算が異なる「特定役員退職手当等」の制度もあるため、短期間で高額退職金を支給する場合は注意が必要です。
中小企業経営における節税メリットと注意点
役員退職金を活用した節税は、「法人税の軽減」と「個人の税負担の軽減」を同時に実現できる点が魅力です。
中小企業の経営者にとって、次のような活用イメージが考えられます。
- 事業承継や会社売却・廃業のタイミングに合わせて退任し、退職金を支給することで、法人の内部留保を整理しつつ、個人の老後資金を確保する。
- 将来の退職金支払いを見据えて、毎期の役員報酬や会社の利益計画を設計し、無理のない範囲で適正額を準備していく。
- 功績倍率や支給額が同業他社と比べて不自然に高い場合、「不相当に高額」と判断され、超過部分が損金不算入となるリスクがある。
- 退職金の支給により会社の資金が一度に流出するため、資金繰りや金融機関との関係を事前に確認しておく必要がある。
- 使用人としての退職金と役員退職金を同じ年に受け取る場合など、退職所得控除の計算が複雑になることがあり、国税庁の記載例やQ&Aを確認することが望ましい。
国税庁は、特定役員退職手当等や退職所得控除の詳細な計算例をパンフレットやタックスアンサーで公表していますので、具体的なケースでは最新情報を確認することが重要です。
事例イメージ:創業社長が退任するケース
ここではイメージしやすいよう、架空の事例で役員退職金を用いた節税効果を考えてみます。
- A株式会社の創業社長(65歳)
- 最終月額報酬:80万円
- 役員勤続年数:25年
- 功績倍率:2.5と設定
- 80万円 × 25年 × 2.5 = 5,000万円
退職所得控除額は、勤続年数25年のため次のようになります。
- 退職所得控除額 = 800万円 + 70万円 ×(25年 − 20年)= 1,150万円
- 退職所得 =(5,000万円 − 1,150万円)× 1/2 = 1,925万円
5,000万円全額が給与所得として課税される場合と比べると、課税対象となる金額が大きく圧縮されることになり、結果として所得税・住民税の負担が軽減されます。
一方、法人側では5,000万円が支給事業年度の損金となり、その年度の法人税負担を大きく減らす効果がありますが、同時にキャッシュアウトも発生するため、資金計画が必須です。
※上記は税制の仕組みを説明するための架空例であり、実際の適正額は同業他社の水準や会社の業績、他の報酬とのバランス等を踏まえて個別に検討する必要があります。
実務で押さえたいポイント(規程・議事録・専門家への相談)
役員退職金を安全に活用するためには、「金額の妥当性」だけでなく「手続の整備」も重要です。
- 役員退職金規程を整備し、役職や勤続年数ごとの算定基準(功績倍率など)を社内ルールとして明文化しておく。
- 退職時には株主総会(または社員総会)の決議で退職金の支給額を承認し、議事録に明確に記載して保存する。
- 使用人兼務役員や短期在任の役員に高額退職金を支給する場合は、特定役員退職手当等の扱いを含めて税務リスクを事前に確認する。
国税庁のタックスアンサーや、退職所得に関する記載例・Q&Aは、退職金の税務判断において重要な参考資料となります。
最終的な支給額やタイミングは、法人の利益計画・資金繰り・事業承継のスケジュールなどと密接に関係しますので、税理士や公認会計士といった税務専門家と相談しながら進めることをおすすめします。
まとめ
役員退職金は、法人側では原則として損金算入が認められ、個人側では退職所得として大きな税制優遇を受けられるため、会社と経営者の双方にとって非常に有効な節税手段となり得ます。
一方で、金額が「不相当に高額」と判断された場合の損金不算入リスクや、資金繰りへの影響、特定役員退職手当等の取扱いなど、注意すべきポイントも少なくありません。
功績倍率法など一般的な算定方法や、退職所得控除の計算ルールを理解したうえで、退職時期・支給額・社内規程・株主総会決議などを総合的に設計することが重要です。
実際に役員退職金の支給を検討する際は、国税庁の公表資料を確認しつつ、会社の状況に応じたシミュレーションを専門家と行い、「節税」と「健全な経営」のバランスが取れたプランを策定していただくと安心です。

